赤本や過去問に現代語訳が載っていないため、現代語訳を作りました。
近畿大学を志望する人がいらっしゃったら、過去問演習にご活用下さい。
(読みやすさを優先したため、細部に細かな誤釈があります)
月の光も山の端に隠れてしまったので、今こそと思って戸を閉めて家に入ろうとすると、ちょうど朧な黒い影の中に人がいて、風に従って来る足音を不審に思って見たところ、それは赤穴宗右衛門であった。思いがけず飛び上がるような気持ちになって、「私は早くからお待ちして、今に至りました。約束に違えず来てくださったことのうれしさよ。さあ、お入りくださいませ」と言うようであったが、(宗右衛門は)ただうなずくだけで、物も言わずにいる。そして左門の前に進んで、南の窓の下に向かわせ、座につかせた。
(左門は言う。)「兄上がお越しになることは、寝所への(来るべき)時刻より遅かったので、老母も待ちあぐねて、明日にしようと寝所にお入りになりました。お目覚め申し上げようかと申しましたところ、(宗右衛門は)また首を振ってそれを制し、さらに物も言わずにいる。どうかお休みください。」
左門が言うには、「すでに夜を続けて(=長い道のりを)お越しになったので、心も疲れ、足もお疲れでしょう。幸いに一杯酌んで休息なさいませ」といって酒を温め、肴や下物を並べて差し上げると、赤穴は袖をもって顔を覆い、その匂いを嫌うようなふるまいをする。
左門が言う。「井臼(=田舎者)の力は、あなたをもてなすには足りませんが、誠意です。卑しみなさらぬように。」
赤穴はなお答えもせず、大きなため息を続けて、しばらくして言う。
「賢弟の、信義ある饗応を、どうして断るような分けがあろうか。欺くための空言は持たぬゆえ、実のところを申し上げるのだ。必ずしも怪しむな。私は陽世(=この世)の人ではない。穢れた霊が、仮に形を見せているのだ。」
左門は大いに驚いて言う。
「兄上、なぜこのような怪しいことをお言い出しなさるのですか。少しも夢とは覚えておりません。」
赤穴が言う。
「賢弟と別れて出発し、国へ下ったが、国人の多くは経久の勢いに服し、塩冶家の恩を顧みる者はいない。従弟の赤穴丹治が富田城にいるので訪ねると、損得を説いて私を経久に属させた。仮にその言葉を容れてしばらく経久のなすところを見ると、万人に勝る勇気に優れ、よく士卒を慣らし、弓槍や太刀の稽古をさせているというが、智を用いることには疑い深いところが多く、腹心・爪牙となるような家の子がいない。長くいても益はないと思い、賢弟との菊花の約束があることを言って去ろうとすると、経久が恨む色を見せ、丹治に命じて私を大城の外へ追い出して、ついに今日に至った。
この誓い、この約束に違える者であれば、賢弟よ、私を何者とするつもりなのか、とただひたすら思い沈んだが、逃れる方法もない。古き恨みを携えてはるばる来たり、菊花の約束を果たすために赴いた。この心を憐れんでくれ」と言う。
(宗右衛門は)言い終わって、涙が湧き出るようであった。「今は永い別れである。ただ母上に、よくお仕えしてくれ」と言って立ち上がったように見えたが、かき消すように姿が見えなくなってしまった。
