新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



計画的偶発性理論

計画的偶発性理論、英語読みではプランドハプンスタンスセオリーと言います。
本棚と押入れに閉まってある本を入れ替えていたら偶然目に止まりました。

クランボルツ教授が提唱したこの理論。
目の前に現れた偶然に最善を尽くすことで、自分のキャリアへの道が開けるという考え方です。
たしか、何人もの成功者の人生を追いかけてはっけん発見した理論だとかだったと思います。

スティーブジョブズなんかがまさにこの代表例。
スタンフォード大学でのスピーチは「Stay Hungry. Stay Foolish」という言葉が有名ですが、個人的に心に残ったのは「振り返って点と点が一つに繋がる人生を」という言葉です。
生まれから大学での選択、アップル社を立ち上げ追い出され、ピクサーを作りアップル社に戻る。
そしてiPhoneを生み出したジョブズの人生。
そんな彼の生き様が端的に表されているのは、むしろこちらの言葉のように思います。

通常のキャリア教育では明確な目標を定め、逆算するキャリア設計がいいとされます。
しかし計画的偶発性理論は真逆の考え方。
目の前の偶然(=チャンス)をひとつひとつ大切にすることで、自分の夢に最終的に辿り着くという考え方。

初めてこの理論を知った時にはなるほどと思った反面、そんなの都合のいい解釈でしかないのでは?と懐疑的でした。
電流鉄骨渡りのゴールで、微かに光るガラスの階段を見つけたカイジのような心情です。


今でもかなり懐疑的ですが、少しだけクランボルツ教授の言わんとしたことが理解できるようになった気がします。
夢を叶える為に全てのチャンスに全力で取り組むとか、そんなかっこいいことではなく、目の前に来たことを必死にこなしていたら、こんなんなっちゃったみたいな感じですが。。

子供達の進路に関わっていると、時に考えすぎなんじゃないかって思うことがあります。
それはもちろん将来を考えることを否定しているのではありません。
そうではなく、漠然としている未来を無理に描くくらいなら、目の前を流れるチャンスをひとつずつ拾った方がいいんじゃないかって意味で。。

夢があって、それに向かう最短経路を選べるというのも確かに素晴らしいこととは思いますが、そうでなければ手の届くものに全力で打ち込んで、あとは流れに身を任せるってのもありなんじゃないかななんて思います。
・・÷ここまで言ってしまうと計画的偶発性理論というより、落語が説くの「業の肯定」の意味合いが強くなってしまいますが。

立教大付属の校長先生が、2011年の卒業生に贈った言葉が非常に印象に残っています。
「勉強をするでも、友達の輪を広げるでも、まして遊ぶでもないとしたら、大学とは何をする場であるのか?」
卒業生にこう投げかけた渡辺校長は、「それは海をみる自由を手に入れる場だ」と答えます。

海を見る自由とは、自らの意志で選び、行動し、そこから学べということであると、僕は勝手に受け取りました。
一言で言えば「自分の責任を引き受ける」ということだと思います。
将来を考えるということの本質はそこにあるような気がします。

本来、将来を考えることさえ自分と向き合う手段であるのに、僕らはそれを目的化しがちな気がします。
それは「将来の夢」というパッケージが予め用意され、完成品のマニュアルを与えられるから。

松尾匡先生のマルクス理論ではないですが、手段が目的化した時点で、それは一人歩きを始めます。
ならばいっそ手段そのものを放棄して、本質を求めるのもいいんじゃないか。
そんな風に考えた先の一つの選択肢が「計画的偶発性理論」です。
それが正しいかどうかとは別に、そんな考え方もあるのだという幅を知る意味でも、とても好きな考え方です。

久しぶりにちょいヘコんで深酒して書いた文章なので、これ以上崩壊する前に止めとこうと思います(笑)