赤本に現代語訳が載っていないため、現代語訳を作りました。
龍谷大学を志望する人がいらっしゃったら、過去問演習にご活用下さい。
(読みやすさを優先したため、細部に細かな誤釈があります)
Ⅰ
結城の丈羽は別荘を建てて、一人の老翁に留守を命じて常に留守番をさせていた。街の中ながら樹木が生い茂って、ちょっと世間の俗事を避けるのには具合がよいので、私もしばらくの間その場所に泊まった。(中略)私は奥の一間にいて布団をひき被ってうとうと寝ようとしていたときに、広縁の方の雨戸を、どしどし叩く音があった。(中略)とても不思議で胸がどきどきしたけれども、むくりと起きて、そっと戸を開けて見ると、目をさえぎるものがない。また、寝室で眠ろうとした時に、最初のようにどしどしと叩く音が聞こえる。また起き出て見ると、なにかの影さえない。
とても気味が悪いので、老人に言って、「どうしよう」など相談したところ、老人は「(中略)狸のしわざである。またやって来て打つ時、あなたはすぐに戸を開いて追い払いなさい。私は、裏口の方からまわって、生け垣のもとに隠れて座って待つことにしよう」といって笞を引き寄せて構えながら様子をうかがっている。私も寝たふりをして待っていると、またどしどしと叩く音がした。「ああっ」と私が戸を開けると、老人も「やいやい」と声を掛けて出て来たところ、まったく何もいないので、老人は腹が立って、隅々まで探たけれども、影さえ見つからない。このようにすることが、連夜五日ほどになったので、心も疲れて、今となっては住むこともできなく思っていた時、丈羽の家の主任のような者がやって来て「そのものは今夜は参るはずはない。この明け方、(中略)村人が狸の年老いたのを仕留めた。考えるに、この頃、ひどく驚かし申し上げたのは、疑う余地もなくあいつの仕業である。(中略)」と語る。そのとおりにその夜から音がしなくなった。腹立たしいとは思うけれども、この頃、旅の寂しい独り寝を慰めようと訪れて来た、その狸の心がいじらしいので、浅くない前世からの契りでもあったのだろうかと、ふと悲しくなる。それで、善空坊と言う道心者に相談して、お布施を渡して、一晩念仏してその狸の菩提を弔いました。
秋の暮れに仏に化ける狸だなあ。
Ⅱ
ある夜の午前二時ごろのこと、体調が少しばかりよくなったので、トイレに行こうと体を起こした。厠は奥の縁側、北西に行ったところの角にある。灯りは消えていて大そう暗く、慎重にふすまを開けて右足を差し入れたら、何であろう、むくむくと毛の生えたものを踏みあてたようだ。恐ろしかったのですぐに足を引っ込めて様子を見ていたのだが物音もない。不思議で怖いけれど気持ちを落ち着けて、次は左足でここだと思ってはたと蹴ってみた。しかしまったくもってそのようなものはない。いよいよ納得できなくて、震えながら住職などが生活する庫裏にあるところに行って、ぐっすり寝ている法師やお手伝いのものなどを起こして、あったことを語ると、みな起きだした。灯りを沢山炊いて奥の間に行ってみたところ、(中略)不審なものの影さえ見えない。皆は「あなたは病気で正気ではなく、ありもしなかったことをいっているのでしょう。」と言いながら怒りながら再び眠りについた。なまじそうでないとも言い切れない事だなあお申し訳なく思って、自分も寝室に戻った。そのまま眠ろうとしたときに、胸の上に重い石を乗せたような感覚がして、うめきにうめいた。その声が漏れ聞こえたのであろう、住職の竹溪師はいらっしゃって、「なんてことでしょう、これはどうしたことなのです」と助け起こした。少し落ち着いてあった出来事を語ったところ、「そのようなことは確かにあるのでしょう。かの狸小僧の仕業である。」といって、妻戸を開いて様子を見たところ、夜がすっかりと明けて、はっきりと縁側からしたに続き、梅の花が散らしたような跡がついていた。さて、先刻いろいろ言った人たちは「そういうことだったのか」と笑い合っていた。