新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ことわざって要するに昔の人が残した例えツッコミでしょ

中学校のころの社会の先生が、「会話の中でことわざのひとつも使えなかったら恥ずかしいから、しっかり勉強しろ」と言っていたのを思い出します。
大人になって、国語を教えている僕は、恐らく普通の20代半ばの若者と比べると、ことわざに触れる機会はずっと多いはずです。
では、会話中にことわざを使うかと言われると、ほとんど使いません(笑)
ことわざを使わないというよりも、より的確で、かつ面白さを備えた言い回しはないかと、探してしまいます。
ちょっと前まではことわざで的確に状況を例えられる人を見ると知的に感じたのですが、最近はどうも、安易にことわざで表現する人を見ると、頭を使うのをサボっているように感じてしまいます。
もっと面白い例えや言い回しをする努力を怠っているように感じてしまうのです。

南海キャンディーズの山ちゃんが昔、「地雷をスキップで踏んじゃった」と言っていた映像が、強烈に頭に焼き付いています。
バラエティ番組で司会者の表情が突然険しくなった時に言った台詞回しなのですが、本当に上手い言い方だなあと思いました。
ここでことわざを使うのならば、虎の尾を踏むという事になるのでしょう。
もちろん「虎の尾を踏む」でも十分上手くハマるわけですが、そこをあえて「あれっ、僕今地雷をスキップで踏んじゃいましたか?」と言う事で、ことわざを使う以上にイメージが伝わり、かつ場を楽しませる事ができるわけです。
そういう言い回しをした方が、会話に対してずっと真摯に向き合っているように見えるし、実はことわざを使うよりずっと頭のキレが必要なんじゃないかなあと思います。
単にことわざを引っ張り出すよりも、その場にあった当意即妙な言い回しを的確に引き出す方が、ずっと高度であるし、ずっと会話のテンポを生むことができる。
そう考えるので、僕はあまりことわざを会話で使わないようにしています。

最近僕が暇なときに、芸人の◯◯さんが使いそうな言い回しというのを考えています。
島田紳助さんなら鬼の目に涙や釈迦に説法みたいな言葉を、「アッコさんでも死にかけのチワワみたら泣くことあんねん!」とか「フセインに核弾頭のセールス行くようなもんやで」みたいに言うんじゃないかなといった具合に、その人の語感を想像して、会話の文脈にあった例えをさがします。
同じ釈迦に説法でも、くりぃむしちゅーの有田さんなら「そんなの僕が蝶野にプロレス教えるみたいなもんでしょ」みたいになるかもしれませんし、或いは相方の上田さん的な例えになると、月とスッポンを「加藤あい阿藤快くらいちがうわ!」みたいな感じかもしれません。
松本人志さんの場合、蛇に睨まれた蛙を表現するなら、「長渕さんが睨むとエビチリの海老もみんな背筋ぴんってなるからね」とか、悪事千里を走るは「その話、マダガスカルの猿も知ってるらしいで」みたいにあり得ないシチュエーション引っ張り出してきて、テンポよく言う感じです。

ことわざを使いこなすっていうのんは、その場にあった表現を素早く引き出さなければならず、しっかりとした教養と知識が必要です。
一方で既存の表現をシチュエーションに当てはめるのではなく、その場その場で、場面を的確に表す例えを作り出し続けるのには、物事を色んな視点から捉える好奇心と、それを的確に表す語彙力が必要になってきます。
あくまで僕の主観ですが、なんとなく、後者の方が言葉と真摯に向き合っている気がするので、僕はできるだけことわざを使わないようにしています。


アイキャッチは読売新聞一面コラム、「編集手帳」を書き続ける竹内政明さんの名著「名セリフどろぼう」

名セリフどろぼう (文春新書)

名セリフどろぼう (文春新書)