「戦うため」の知識と「戦わないため」の知識
ーーワンピースって『次郎長三国志』だよね。ーー
以前鈴木敏夫さんが、『ワンピース』の作者である尾田栄一郎さんを自身のラジオに招いたとき、こんなことを言っていました。
それを聞いた瞬間に、尾田栄一郎さんが「よくぞ分かってくれた!」みたいに、明らかにテンションが高くなり、そこからあれよあれよと対談が進んだ様子を未だに覚えています。
ジブリのプロデューサーである鈴木敏夫さんは、僕が尊敬する方の一人。
あの手腕はもちろんですが、それ以上に、映画や小説、芸能といったコンテンツに対する造形がとてつもありません。
今までに宮崎映画を彩る様々な名コピーを生み出したり、プロモーションを手がけていると思うのですが、それらがことごとくうまくいくのは、ひとえに、あの膨大な知識量ゆえだと思うのです。
先日所用で東京に行ってきたのですが、その際に知人とご飯を食べていたら、学生さんから「知識を身に付けたい」という話題を貰いました。
その時の知人と僕の「答え」が真逆だったのが面白かったので紹介します。
彼の「知識を身に付けたい」という言葉に対する知人の答えは「目的を見つけろ」でした。
「目的がなければどんな情報に出会っても残らない。だから自分の琴線に触れる基準を作るためにも目的が必要」というもの。
これを聞いた時、素直に「なるほどなぁ」と思いました。
一方で、僕が考えていた質問に対する「答え」とは違いました。
彼の「目的を見つけろ」に対して、僕の意見は、「知識に色をつけるな」というもの。
「論理的な判断には正確な情報が必要だとして、正確な情報を得るためには自分の情報感度を磨かなきゃいけない。情報感度を高めるには広い知識が必要。」というのが僕の考え方です。
これはどちらが良い/悪いとかじゃありません。
(実際に知人も僕も「なるほどね」という感じでした。)
知人も僕も、おそらく両方の知識の得かたをしているし、その瞬間に質問してくれた彼にとって、どちらが重要と判断したかというだけの話です。
僕は目的ありきの演繹的な知識のインプットを、「『戦うため』の知識」、情報感度を高めるための帰納的な知識のインプットを「『戦わないため」の知識」と呼んでいます。
目的に基づいて、いかに早く無駄なく必要な情報にアクセスするかというのは、ビジネスをはじめ合理的でスピードのある決定が求められる場で必須のスキルです。
だから、「戦うため」の知識。
一方で、一見無駄に見える情報を吸収し、自分の情報感度を高めようとする帰納的な知識の入れ方は、何か着想を得たり、差別化をしようとするときに重要になってきます。
例えば、あるフィールドで戦うプレイヤーのうち、自分だけが気付けた情報を持っていたら、その情報差を利用して優位にことを進められる訳です。
その意味でこちらは「戦わない」ための知識と呼んでいます。
冒頭で尾田栄一郎さんがラジオに出演した話を書きましたが、尾田さんはメディア露出をほとんどしないことで有名です。
そんな尾田栄一郎さんがラジオに出演したきっかけは、鈴木敏夫さんとの「任侠もの」の話だったのだそう。
任侠ものの作品なんて、およそアウトプットベースではたどり着きません。
広く浅く興味を広げて、情報感度を高めているからこその、尾田栄一郎さんを動かした接点だと思います。
もちろん仕事で必要だからこそ、僕は目的ありきのインプットもむちゃくちゃやっています。
ただし、「今役に立つかは分からない/今後役に立つとも思えない知識」のインプットも同じくらいに大切にしています。
そういう知識が積み上げることで初めてできるアウトプットが存在すると思うからです。
知識を良質な調味料としたとき、目的ありきの知識習得が味付け用の調味料の数を増やすものだとしたら、無目的な情報習得は、僕の中で「ぬか床」を用意するイメージです。
(これを僕は知識の層と書いて「知層」と呼んでいます)
例えば、映画『風立ちぬ』を見て、堀辰雄やモネ、トーマスマンにファウストにダンテなどを知っていれば、あの映画から得られる情報量は段違いになりますし、そういう人同士が出会った時の話の共感度合いは非常に強いものになります。
もし、「知識を得たい」が実戦で役立てたいという意味のものであるとするのなら目的ありきの知識習得が有効です。
でももし、その「知識を得たい」が、何かに触れたときに様々な伏線や意図に気づける能力が欲しいというのであれば、身につけるのは「目的のない知識」です。
僕は鈴木敏夫さんのような大人がかっこいいと思うし、今後必要な人材はそういうタイプなのでは?(この辺を話すと長くなるので割愛します)と考えているので、この5年くらい、意図的にインプットの質を後者に張り切っています(2:8くらい)が、学生さんであれば[目的ありきの:無目的]=4:6、社会人なら[目的ありき:無目的]=7:3くらいが妥当な気がします。
比率に関しては個人の問題意識次第なので様々な主張をする人がいると思いますが、0:10や10:0を主張する人は信用ならない(というか稚拙)な気はします(笑)
一口で知識と言っても様々なものがあるので、この辺のバランスを考えた知識習得が重要であるように思います。
アイキャッチは僕の今のインプットのバランスや仕組みを作るのに参考にした、読売新聞一面コラム執筆者、竹内政明さんの文章術の本。
読み物として『名文どろぼう』『名セリフどろぼう』もおすすめです。