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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



デジタル時代におけるストック情報の真の価値

最近、フローの活字とストックの活字ということをよく意識します。
フローの活字とは、発言したことが流れてそのまま残らない、その場限りのやりとりや文面のことです。
メールやLINE、Twitterのようなところで発言したものです。
Facebookも、遡って発言を探そうとしてできないわけではないので、ここではフローの活字に含めたいと思います。
それに対してストックの活字とは、自分の思考やアイデアが一過性のやり取りの中ではなく、積み上げとして残っていくタイプの文字のこと。
ブログがこの代表例です。
僕はこのストックタイプの活字が、長い目で見た時に非常に大きな力になるのではないかと考えています。

Googleマップはここ数年で、ストリートビューの性能が劇的に向上しました。
かなり田舎の地域を調べても、しっかりとその地域の周辺が映し出されます。
このように現在の世界がデジタルで再現されるその速度は驚くほど早いものです。
ただ僕は、Googleマップの本当の強さは、今の昨日を数十年続けた時に本当に現れるのではと考えています。
今はまだ、ストリートビューが開始されてたかだか数年です。
だから、ストリートビューを見ていても「あっ、この店潰れた」みたいな発見をする程度のものです。
もしこれが何十年もデータを積み上げていたらどうなるか。
2040年くらいになったとき、僕たちはある場所をGoogleマップで表示して、2030年のこの地域の姿はどうだったのか、2020年は、2010年はと、ある地域の時間を遡って閲覧することが可能になっていると思うのです。
これは紙面上の制限や紙の耐久力といった物理的制約から解放されたデジタル世界における、情報ストックの大きな可能性です。
10年、20年と情報を積み重ねることによって、後から振り返れば、それがあたかもタイムマシンのような役割を果たすと思うのです。

ここ半年、僕はかなり意識的に今の時代を分析するようなエントリを書くようにしています。
ゼロ年代前半、ゼロ年代後半、そして10年代前半の音楽業界やマンガ業界、テレビや人々の特徴などなど。
これは、デジタル化が進み、なんでもデータベース上に記録が残るようになる数十年後に、一つの時系列データとしての価値を持つのではないかと考えているからです。

ちきりんさんが先日のブログの記事で、「10年後にも読める記事を書く」という事を書いていました。
一過性の話題ではなく、普遍的なテーマを取り扱うことで、数年後にも読める記事を積み上げることが、アクセスにつながるという意図だそう。
普遍的なテーマを扱うということは重要ですが、僕は今しか書けない記録を残す方が、何十年も先に振り返るときの価値になると考えています。
そのための実験として、ゼロ年代語り、10年代語りをするエントリを増やしています。

ブログサービスが一般に普及し始めたのがだいたい10年前。
そしてTwitterやLINEというサービスが普及し始めて約5,6年。
ストックの活字ということを意識している人はかなり少数であるように思います。
特にFacebookTwitter、LINEといったsnsが普及して、タイムライン上を書いた文字が流れていくことが当たり前になってから、僕たちは活字情報を貯めると意識することが少なくなったように思います。
フローの活字として扱うことで失ってしまっている潜在的な価値みたいなものが、そこにはあって、何年も後に振り返ったときにその価値に気づくというようなことがあるのではないかと思うのです。
昔なら何十年も前の写真を大切に保管していたなんてこともありましたが、仮にLINEやTwitterで日々の思い出をアップして楽しんでいるだけの人は、何年か経った時にそれを振り返ることはできません。
一定期間を過ぎれば写真は保存できなくなるし、そもそもタイムラインで流れて、そこにたどり着くことも困難です。
フローでの情報のやりとりが当たり前になった時代の欠点に注目が集まるのは、もう十年後くらいだと思うのです。
そのくらいの頃から、あらゆるものをフローの情報として流すのではなく、ストックの情報として積み上げることを意識し始める。
逆に言えば、人々がそれを意識し始めるまでの間にストックの情報を溜めることは、大きな差別化につながります。
そんな風なことを考えながら、ブログのエントリを作っています。
まあ僕の駄文に価値があるかと言われれば、実際のところ殆ど無価値ではあるのですが、それでも後から振り返ることを想定している人数を考えたら、まだまだ決して多くありません。
だから、こんな駄文でも、勝機があると思うのです。

よく、成功しているブロガーさんが、書き続けることが価値になると言っていますが、何十年後かに振り返れば、書き続けたことの価値は本当に高くなっているように思います。
仮にその時点から振り返ったとしたら、まだまだ2015年は先駆者の部類に入っているでしょう。
そんなことを考えながら、ここ最近はエントリを練っていたりします。

アイキャッチはイケダハヤトさんの「武器としての書く技術」