新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



鷲田清一とファイトクラブ~身体性について~

立川談志さんが以前、戦争はどんどん人間の身体から離れつつあると言っていました。
最初は殴り合っていたのが、道具を使うようになって槍を持ってお互いに突きあうようになり、やがて鉄砲が発明されると、遠くから敵を殺せるようになる。
爆弾やミサイルが生まれ、どんどん離れた位置から敵を殺せるようになり、今やラジコン戦闘機で相手を殺せる時代。
「人を殺す」という根源的な不快感が希薄になっていると言っていたのを思い出します。
同時に作家の岡田斗司夫さんの言っていたマンガ・アニメにおけるロボットの変遷も気になりました。
アニメの世界では、どんどん戦いにおける身体性が増しているというお話。
鉄人28号は外からコントロールしていましたが、それがガンダムになると乗り込むようになります。
エヴァンゲリオンになると主人公たちはロボ(?)と一体化するようになり、進撃の巨人では本人の身体で戦うようになった。
現実の世界で戦争が身体から離れて行くのに合わせて、フィクションの世界では身体性を求める描写が増えているように感じます。


僕がこんなことを考えたのは、デビットフィンチャーさんの「ファイトクラブ」を見たから。
ちょうど前日の授業で、鷲田清一さんの身体論を扱っていたことも重なって、ファイトクラブに出てきた「身体性」に目がいきました。
大量消費社会になり、物を買うことでどんどん生活が豊かになっていく(ように感じている)社会のひずみに、無意識に不眠症という形で気づいた主人公が、暴力と破壊で生きた実感を感じる物語。
かなり鷲田清一さんの「現代は身体性が希薄になった社会だ」という言葉に引きずられている感はしますが、ファイトクラブを見終えた直後の僕の感想は、概ねこんな感じでした。
構成や迫力云々よりも先に、身体性を取り戻せ!というメッセージに心を打たれました。
5月27日のニコニコ生放送の番組で、山田玲司さんが「ファイトクラブが僕らの代わりにリストカットをしてくれる」と言っていた通り、僕たちが忘れがちな身体的な痛みを思い出させてくれる作品であったように思います。


映画終了の30分あたりで、タイラーの正体に気づき、たたみかけるようにクライマックスにむかうシーンは画面から目が離せませんでした。
僕を待っていたのは劇場版まどかマギカ〜趨逆の物語〜やデビルマンうる星やつらビューティフルドリーマー〜などを思い出すどんでん返し。
ラストのシーンと最初のシーンとの繋がりにも驚きました。

クライマックスのシーン以外にも、ファイトクラブに影響を受けたのではないかという作品が幾つも頭に浮かびました。
BLEACHの残月と一護の関係、デュエルマスターズの「喧嘩屋タイラー」などなど。
あと、個人的には主演のエドワード・ノートンの表情に半沢直樹の時の堺雅人が重なりました。
堺雅人さん、現実社会に耐えるキャラ作りに、主人公を参考にしたのかなあと思ったり思わなかったり。。

普段映画を全く見ない僕なのですが、かなり引き込まれました。
今更と思われるかもしれませんが、それ位インパクトが大きかったのです。
大まかなストーリーを伏せたまま、僕が感じたことを書こうとするとどうしてもぼんやりした表現になってしまいます。
僕はざっくりとストーリーを知ってからこの作品を見たのですが、絶対にこれは予備知識がない状態で見た方が楽しめるはずです。
なるべくネタバレはしたくないので、生焼けの感想文になってしまいましたが、これが見終わった率直な感想です。

さあ、明日からまた一週間頑張ろうと思います!
その手のやる気は全く出ない作品なのですが(笑)

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