新・薄口コラム(@Nuts_aki)

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



映画「君たちはどう生きるか」考察〜宮崎駿さんからの無量空処をくらったお話〜

軽快な枕のあとに続く名作古典落語の名シーンだけをつなげて一本に仕上げた立川談志の十八番のひとつ「落語チャンチャカチャン」
いつだったかの演目では「道具屋→火焔太鼓→大工調べ→らくだ→長屋の花見→...」と延々続いたのを思い出します。
家元、立川談志がそれまでの自身の演技で評価を積み上げたからこそ、たった1フレーズでも観客にそれを思い出させることができ、そんな神技染みた実績と実際の技術があるゆえに成立するのがこの演目なのだと今はわかる反面、家元を知ったばかりの僕は、恥ずかしい話当「ただ即興で名言をつなげるのとのどこがむずいのか」なんて思っていました。

この感情は5月に亡くなった、上岡龍太郎さんにも抱いたものでした。
初めて上岡さんを知ったのは引退後、横山ノックさんのお別れの会に出た姿。

https://youtu.be/3A4Ot4YzxMs

その時の一部の隙間もない話芸に憧れて動画やテープを遡るようになったのですが、途中全盛期の凄さに感動することを経由して、あの「お別れの言葉」に詰め込まれたそれまでの全ての技術とセンスの凄さに改めて驚きました。
こちらもまさにそれまでの人生の全てが詰め込まれた話芸です。

宮崎駿さんの「君たちはどう生きるか」を見た時の感覚は立川談志さんや上岡龍太郎さんのそれと近いものでした。

 

宮崎駿監督が放つ「無量空処」に耐えられるか

 

さて、具体的に映画を見てきた感想ですが、見終えた直後の率直な印象は「情報量が多すぎて思考が追いつかない」でした。
まさに呪術廻戦に出てくる五条悟の必殺技の領域展開「無量空処」という感じ。
今までの作品以上にやりたい事も意図も伝わってくるのですが、伝わってきすぎて脳が疲れるという印象でした(笑)

僕が「無量空処」のように感じた最大の理由は今までの宮崎駿さんの作品と比べ左脳を使う余地(ストーリーで楽しむ余地)が少ない点にあるように思います。
僕は作品を鑑賞する時、論理の積み上げの先にコンセプトを見出す左脳的な楽しみ方と、直接語られないが作品の節々に表出したた感覚の積み上げの先に観念を見出す右脳的な楽しみ方をします。
たとえば「千と千尋の神隠し」でこのふたつの見方をするのなら、前者は「少女が風呂屋での仕事を経験して独り立ちする話」ですが、後者では「宮沢賢治的な自己犠牲のお話」という全く違う側面が見えてきます。
桑原武夫さんが『文学入門』の中で語っている事ですが、本当に優秀な作品は、その真意が巧みに隠されていて何度も何度も触れ、少しずつ細かな違和感や表現を感じとる先に本当の表情を持っています。
僕が考える「右脳的な読み解き」はこちらにたどり着く作業のことです。

さて右脳的な読み方を説明した上で「君たちはどう生きるか」に戻りますが、大抵の作品は左脳的に楽しめて、その後その左脳的な楽しさというフックがあるから何度も味わい、味わう内にその奥にある観念のようなものに触れる体験をするのですが、この「君たちはどう生きるか」はいきなり右脳的な読み方を求めてくる印象です(笑)
なんというか美術館で絵を見るような感覚。
もちろんキャラクターの性格や描写、関係性、あるいは豪邸と宮崎駿さんの人生や時代性、人間関係や社会問題を結びつけて、それぞれのモチーフに意図を探るみたいな「左脳的」な読みもできると思います。
しかし特に今回のような作品ではそうした細かな意図を掘り返すような読み方は今後僕よりずっと凄い分析班が無限のコンテンツを上げると思うのと、個人的にはあえてその読みをしないほうが宮崎駿さんが伝えたかったことに近づけるような感じがするので、僕はあえてそういった考察班的な方は掘り下げないで行こうとおもいます。

絵画鑑賞ならば違和感や自分の興味のままに立ち止まる事も、戻る方も、または気になった部分をその場でメモする事も可能ですが、「映画」という時間も空間も全てを作り手に握られた表現手法では、そのようにこちらのペースで消化する事もできません。
この作品はストーリーというよりもそういう感覚的な受け止めが要求される感じ。
そのためこの作品を楽しもうとすると、100分近い間ずっと能動的に感覚に訴えかける情報を向こうのペースで受け止め続けなければいけないみたいな状態になるわけです。
これが僕の感じた無量空処感(?)なのかなと思います。

 

「僕はこうやって生きてきた」

 

宮崎駿がYouTuberみたいな正面撮りの固定カメラで「お前らはけしからん」って説教垂れる実写なら面白い。
映画を見に行く前は冗談まじりにこんなふうに思っていたのですが、実際に見た感想としては本当に宮崎駿さんがスクリーンの正面に出てきた印象で驚きました(笑)
ただしそれは正面を向いて「説教を垂れる」というのではなく、「僕はこうやって生きてきた」と自分の背中を見せる形で。

「これからの時代がどうなるかも分からないし、そこを生きる君たちに偉そうに生き方を指南することはできない。その代わり僕が辿ってきた人生をそのまま残すからこれを見て自分の道を探してごらん。」
僕が映画を見終えたあとに「君たちはどう生きるか」というタイトルから受け取ったのはこうしたメッセージでした。
それこそ吉野源三郎が「君たちはどう生きるか」という小説の中でコペル君と叔父とのやりとり、そして最後のコペル君の手紙を以て語りかけたのと同じように。
内容が小説と全然違うという意見を聞きましたが、実際に見てみるとかなり抽象化されてはいるものの、個人的にはむしろ「君たちはどう生きるか」をキチンと踏まえているように感じました。

作中で繰り広げられるのはこれまでのジブリ映画(というより宮崎駿さんが体験したあらゆる景色)の組み合わせ。
そこにはナウシカもあれば千と千尋風立ちぬ魔女の宅急便と、さまざまな作品を思い出すような情景が詰まっていました。
「かろうじて積み上がる積み木のモチーフ」は、まさに宮崎駿さんがスタジオジブリで手がけた13作品(風の谷のナウシカ/天空の城ラピュタ/となりのトトロ/魔女の宅急便/紅の豚/On Your Mark/もののけ姫/千と千尋の神隠し/ハウルの動く城/崖の上のポニョ/借りぐらしのアリエッティ/風立ちぬ/君たちはどう生きるか)を表しているのかなという印象です。
或いはイーハトーブ的な世界観に出てくる自己犠牲のようなやり取りからは宮沢賢治を、タッチの明らかに違う庭の水蓮からはモネをというように、おそらく宮崎駿さんが影響を受けたであろう様々な作品の断片も含まれます。(あえて「煉獄」という言葉を用いなかった地獄と天国の間の世界はダンテを、少年の走り出すシーンには高畑勲さんへのリスペクトをと、挙げればきりがありません)
以前プロデューサーの鈴木敏夫さんが「宮さんは何年も昔に行った旅行の話を持ち出してその時の絵を完璧に再現できる」みたいなことを言っていたのですが、まさにこのイメージでしょう

「少年の冒険」という一応のストーリーで繋ぎ合わせることで見せられる宮崎駿さんの生きてきたあと。
それを論理や理屈で受け止めるのとは違うところで感じて、僕たちは「君たちはどう生きるか」という問いをゆっくり考える。
それが、この作品なのかなと思いました。

 

感想

 

以上が僕がこの映画を見て率直に感じた所なのですが、最後に少しだけ感想を。
個人的には感動もあったし、途中から「すげえな...」って笑ってしまったのですが、映画を楽しみにきた人、あるいはそれこそ左脳的な読解でストーリーや構成、話の巧みさなどを楽しむ人にとってはしんどい作品なのかもなとも思いました。
上映後、僕の席の斜め前にいた坊主頭の子の引き攣った表情は忘れられません(笑)し、「物語」を楽しみにきたらその反応が正しいだろうなとも思いました。

また、僕自身も途中までは、「これは自分の弟子(エヴァ庵野さんやジブリで関わったスタッフ)に対しての「君たちはどう生きるか」やん!」という感覚で見ていました。笑(ごめんなさい...)
そんなわけで評価が分かれるのも当然だし、それこそ事前情報も一切ない中でクレヨンしんちゃん的な涙と笑いの冒険活劇を求めて行ったお客さんが戸惑うのも当然だろうなと思いました(かくいう僕も見始めるまでは「ナウシカ2」みたいなものを期待していたので)

あと全然関係ありませんが、この作品を「僕はこういう道を歩んできた」という背中を見せるために自分の記憶にある場面やアニメーションをまとめたと解釈した瞬間、僕の中で「これなんかの歌詞にあったな」という引っ掛かりがありました。
で、エンドロールにあいみょんの名前があるのを見た時に、「君はロックを聴かないだ!」となって(笑)
そう考えると、根っこの根っこにあるのは、宮崎駿さんの心の奥にずっと溜めてきた「僕の好きなものを知って欲しい」そして「少しでも近づいて欲しい」だったのかななんて事も。。

そんな妄想はさておき、賛否が沸くものこそ名作と考えるなら間違いなく名作でしょうし、一人の天才の頭の中をこれでもかと覗けるという意味ではむちゃくちゃ凄い作品だと思います。
気になる人はぜひ見てみて下さい。

 

追記「自分の感想がわからない」という人への補助線

 

この記事をアップした後、会った知人から「自分の感想がよくわからない」というお話を聞きました。
見たし、うおってなったけど、楽しかったと言われれば...なのだそう。
SNSを見ていると、そんな感想が散見されましたのですが、個人的にこの作品については岡田斗司夫さんが日曜の生放送で語っていた「わかった/わからない」「楽しい/楽しくない」「すごい/すごくない」の軸で整理すると自分の感想のスタンスがわかりやすいんじゃないかと思いました。
そこで岡田斗司夫さんのカテゴリに基づき、それにより生まれる感情とその感想を持つ人のパターンを言語化して見ました。
それぞれでの要素で分けると出てくる感想は次みたいな感じなのではないでしょうか。①【わかった×楽しい×すごい】

最高傑作!(映画と芸術が好きな人)
②【わからない×楽しい×すごい】
宮崎駿アニメのパレードだ!(これまでの宮崎駿アニメが大好きな人)
③【わかった×楽しくない×すごい】
すごい!けど...(ジブリの物語が好きな人)
④【わかった×楽しい×すごくない】
好みじゃない(好きじゃないアート作品に出会った人)
⑤【わからない×楽しい×すごくない】
よくわからない(感性で作品を楽しむ人)
⑥【わからない×楽しくない×すごい】
絶対意味を理解したい(内容考察が好きな人)
⑦【わかった×楽しくない×すごくない】
つまらない(ストーリーで映画を楽しむ人)
⑧【わからない×たのしくない×すごくない】
がっかり(エンタメを期待して見に行った人)

 

と、それぞれのパターンを考えて見ましたがいかがでしょうか?

 

 

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