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新・薄口コラム

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



ゴダイゴ銀河鉄道999考察~英語詩と日本語詩の対比から見る映画のその続き~

最近ゴダイゴさんの代表曲、「銀河鉄道999」にハマっています。
僕が生まれるよりもずっと昔の曲ですが、平成生まれの僕が30年以上経ったいま聞いても、名曲だなと思います。
何より、あれほど映画のシーンにマッチした曲はそうそうないと思うのです。
Aメロの「さあ行くんだ その顔をあげて」の部分は低いBの音からどんどんうえに上がっていきます。
この歌いだしが、映画で銀河鉄道999が夜空に向かって昇っていくシーンとぴったり重なります。
その結果、出だしを聞いただけで映画を知っている人間をワクワクさせてくれます。
また、原作者の松本零士さんは「999」という名前には「1000の1つ手前」つまり少年が大人になる直前という意味を込めたのだそう。
映画は、主人公がメーテルと別れて終わるのですが、「銀河鉄道999」という名前を松本零士さんのいう意味で解釈したら、少年が自分を運んでくれる列車から降りて一人で歩き出す、つまり少年が列車から降りて大人になったと解釈することができます。
しかし、映画の最後だけをみるとどうしてもメーテルとの別れを悲しむ少年の姿が印象に残ります。
これから一人で歩き出す姿はあまり想像できない。
そこにゴダイゴ銀河鉄道999が流れ、Aメロでグッと上り調子のメロディが流れることで、少年が前を向いて歩き出したと安心させてくれます。
あの出だしの4小節で銀河鉄道999が空へ昇っていく場面と、主人公が前を向いて歩き出す(=少年が大人になる)という成長の両方が伝わってくる。
本当に面白いAメロだと思います。

メロディはもちろんのこと、歌詞に関しても面白いなあと思うことが多くあります。
僕がこの曲を初めて聞いて真っ先に気になったのは、視点が三人称であるということです。
「あの人はもう思い出だけど君を遠くで見つめてる」
「そうさ君は気づいてしまった」
「あの人の目がうなづいていたよ別れも愛のひとつだと」
おそらくここで言う「君」が主人公の鉄郎、「あの人」がメーテルなのでしょう。
この歌の歌詞では特定の人物の視点ではなく第三者の視点で書かれています。
この書き方のおかげでいい意味で感情移入せずに歌詞の展開を聴けるのだと思います。
そしてサビの部分の英語詩。

「The Galaxy Express 999 Will take on a journey A never ending journey A journey to the stars」
銀河鉄道999が君を旅に連れて行く、終わりのない旅、まだ見ぬ星へ向かう旅に)
鉄郎にもメーテルにも感情移入していないからこそ、この歌詞を僕たちは自分達に重ねて聞くことができます。
この歌詞は銀河鉄道999の英語詩を作詞した奈良橋陽子さんが最もこだわったフレーズだそう。
そして、ゴダイゴのメンバーの人たちも、英詩のまま残したいといって、この形になったようです。
何度も出てくる「journey」のフレーズがあることで最後のリフレインがいっそう引き立っているように思います。

サビの英語詩の部分は曲の雰囲気を決める際にも影響を与えたのだそう。
あるインタビューで、タケカワユキヒデさんがこの曲を作曲した時点ではもともとバラードだったと言っていました。
それを編曲したミッキー吉野さんがアップテンポな曲調にしたと言っていました。
その際に「Fly me to the moonならゆったりだけど、Journey to the starsだったらもっと早いイメージだ」と思ったのだそう。
Fly me to the moonはゆったりとしたジャズのスタンダードナンバーの一つ。
確かにそれと比べると「銀河鉄道」「Journey to the stars」はもっとテンポが速いような感じがします。
凄く的確な表現だなあと思いました。
こうしてできたのが、今の銀河鉄道999。

いつものことながら考察を書くつもりがただのファンの感想になってしまいました(笑)
ただ、もう一点だけどうしても紹介したいことがあるので書かせてください。
それはもともとの英語詩についてです。
この曲は作詞家の奈良橋さんがまず英語詩を書き、曲が完成した時点で日本語の歌詞が乗せられるという形で作成されています。
元の歌詞と日本語の歌詞を比較するととても面白いのです。
「I thought I reached the end」
「The end of a long long journey」
「Only to find It’s not over」
「There’s so much more to discover」
(僕は長い長い旅の終わりに着いてしまったと思っていた)
(でもまだ旅は終わっていないことに気づいたんだ。まだずっとたくさんの見つけなきゃいけないものがあることに気づいたんだ)
英語の歌詞では一人称で描かれています。
そして、日本語の歌詞よりも主人公の「これから」に向かって進んでいく姿が伝わってきます。
「I thought I reached the end」というのが銀河鉄道999での冒険のこと。
前で挙げたように、少年であった「鉄郎」の気持ちです。
そして、映画の最後でその旅の終わりにたどり着きます。
そして歌の中で主人公は「Only to find It’s not over」まだ終わっていない、というより自分の足で探さなければならない新たな旅に気がつきます。
これが
文法的にここで「Only to find」と結果用法が用いられることで「少年としての旅が終わり、『その結果』新たな旅に気がついた」というニュアンスが伝わります。
少年としての旅が終わった結果気づく新たな旅というのは紛れもなく「大人になる」ということ。
日本語の歌詞は映画のナレーションのような第三者視点で映画の最後をきれいに纏め上げているのに対し、英語の歌詞は主人公の「言葉」で描かれている。
僕はこの両方を聴くことでまるで映画の続きを見ているような印象を受けました。
そして、その両者がサビの「A never ending journey」の部分で繋がる。
そんな風に聴くと、凄く壮大な世界観を持った曲のように感じます。

・・・と言うわけで結局完全にファンの感想文になってしまいました(笑)

 

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