新・薄口コラム(@Nuts_aki)

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



back number『ベルベットの詩』考察〜機織りをモチーフにした作者の意図と、主人公の変化を追う〜

先日、8月26日に発売されたbuck numberの『ベルベットの詩』。
あまり新曲の貸し考察はしないのですが、ちょうど知り合いから詞についてたずねられたので、今回は新曲の考察をしてみたいと思います。

 

タイトルの分類とこの曲のタイトルの難解さ

 

曲のタイトルにはaikoさんの『カブトムシ』やYOASOBIさんの『夜に駆ける』のように①歌詞の中のキーワードをタイトルにしたもの、King Gnuさんの『白日』やポルノグラフィティさんの『黄昏ロマンス』のように直接その言葉は歌に登場しなくても②歌詞を要約した内容になっているもの、③BUMP OF CHICKENさんの『K』やヨルシカさんの『ヒッチコック』(この言葉は歌詞にも出てきますが、ヒッチコックのサスペンスの手法を知らなければこの曲の真意にはたどり着けないという意味でここに該当すると判断しました)のような③タイトルが曲の伏線になっているなど、いろいろなパターンがあるのですが、『ベルベットの詩』はいずれにも属さないタイプ。
あえているのなら、タイトルが曲全体のコンセプトを婉曲的に示しているといった感じです。
最近だと、嗅覚を中心に歌詞を構成した上で「隠していても香りでわかるでしょ?」ということを歌った椎名林檎さんの『公然の秘密』がここに該当します。
コンセプト型の曲は、歌詞そのものの前に、その正体を突き止める必要があります。
したがって今回は変則的に、タイトルから考察を始めたいと思います。

 

「ベルベットの詩」とはどういう意味か?

 

というわけでまずはこの曲のタイトルの意味を考えます。
「ベルベット」とは繊細に織り込まれた柔らかな織物のこと。
日本では「ビロード」と言う方がなじみが深いかもしれません。
この曲は、繊細で柔らかな織物がコンセプトに作られています。
buck numberさんはこの曲の配信に寄せるインタビューで、強い曲はできたけれどそれに負けないだけの歌詞を作るのに苦戦したというようなことを述べています。
そして、そんな悩む過程をそのまま歌にしたらいいのではないかと思い出来上がったのがこの「ベルベットの詩」なのだそう。
https://rockinon.com/news/detail/202996

〈耳を澄ますと微かに聞こえる雨の音 思いを綴ろうと ここに座って言葉探してる 考えて書いてつまずいて 消したら元通り 12時間経って並べたもんは 紙クズだった〉
僕がこのインタビュー記事を読んだ時にはじめに浮かんだのは、スキマスイッチさんの『ボクノート』の冒頭に出てくる上のセリフでした。
この曲も当時のインタビューによると、あまりに歌詞が浮かばず悩んでいたときに、相方の時田さんが「悩んでいる気持ちをそのまま歌詞にしてみたら?」と言ったことから生まれたのがこの歌詞なのだとか。
作詞者である清水依与吏さんのこのインタビューを読んだとき、このスキマスイッチのエピソードを思い出し、だったらこの『ベルベットの詩』というタイトルそのものが、苦悩して曲を生み出した様そのものに重なるのかなと思ったのです。
スキマスイッチの大橋さんは〈生み出せない気持ち〉を〈12時間経って並べたもんは紙クズだった〉と、ストレートに表現しましたが、清水さんはそれを「織物」に例えています。
『ベルベットの詩』というタイトルを見た時、僕ははじめ、この歌に出てくる繊細で多彩な感情の揺れ動きを、織物の繊細な模様や質感に例えたんだなと思ったのですが、Googleで織物の画像を検索したとき、ふと織物の縦糸と五線譜が似ているなということに気が付きました。

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清水依与吏さんは、感情の機微をその繊細な質感に例えたのはもちろんですが、その作曲過程そのものを織物に例えたのではないかと思ったのです。
ちょうど横糸をひとつひとつ丁寧に織り込む事で一枚の織物に仕上げていくように、五線譜に一音一音、音を、そして言葉を並べて一つの歌にする。
そう解釈した時に初めて、この『ベルベットの詩』というタイトルの意味が分かるような気がするのです。

 

『ベルベットの詩』歌詞考察

 

歌詞自体はベルベット、つまりビロードとは直接的に関係しません。
大きな方針としては一歩一歩泥臭く、着実に進む事で素晴らしい人生という「織物」になるという、抽象化したところで題名と繋がっているというもの。
したがって今回は要所要所をつまみながら考察をしていきます。

〈心が擦り切れて ギシギシと軋む音が 聞こえないように 大きな声で歌おう〉
こう始まる1番のAメロでは、周囲の理不尽に心をすり減らしても、負けないように頑張る主人公が描かれます。
主人公は理不尽な環境に置かれ続ける中で、気づくとそれが当たり前になってしまっていた。
それが心が擦り切れそうになった原因でしょう。
そんな中、主人公はそもそも自分は自由であるということを思い出してサビに入ります。

〈自分のままで生きさせて 決して楽ではないが きっと人生は素晴らしい 青くさい なんて青くさい 綺麗事だって言われても いいんだ夢見る空は いつだって青一色でいい〉
サビはこれでもかというくらいの「きれいごと」で構成されています。
Aメロ、Bメロで描かれた主人公が心を痛ませた周囲の理不尽というのが現実(=今)だとしたら、サビで描かれる「綺麗事」は主人公が思い描く理想、もっと言えば主人公が見据える未来でしょう。
今目の前にある理不尽やうまくいかない現実に負けそうになるし、夢を折られそうになるけれど、それでも自分だけは理想の未来を思い描いて前へ進みたい。
そんな思いが感じられます。
と、同時にこの「つらい今」と「綺麗な未来」というのは、織物の工程にも当てはまります。
一本の横糸だけでは、どんな模様が生み出されるのか見当もつきません。
そしてその横糸をひとつひとつ通していく作業はまるで理不尽なつまらない作業。
ちょうどこれが先の見えない、理不尽な今に重なります。
しかし織物の完成形には素晴らしい模様や質感がある。
この出来上がりをしっかりとイメージしていなければ織物は完成しないでしょう。
これがこの主人公が言う「青一色でいい」未来の姿に重なります。
こんな風に、今を生きる主人公が未来を見据える様が、ベルベットを作る過程そのものなのだというのが僕の解釈です。


以後2番以降もずっと「つらい現実に歩けなくなりそうな心」と、「綺麗な未来を諦めず一歩ずつ進もうとする姿」が対比て描かれます。
〈恐れない人はいない 追いかけて来る震えを 振り解くように 誰もが走っている〉
Aメロでは人々の弱い部分が描かれます。
自分だけじゃなく誰もが不安な今をもがきながら生きている。
〈人がさ繊細で でもとても残酷だって事 僕もそうだと 実はもう知っている〉
これは1番の「周囲の理不尽に負けそうになる」と訴えた主人公の言葉に対応したものでしょう。
実はそういう理不尽は自分だって周囲にしていまっている。
人はそうやってもがいているのだと言う言葉です。
清水さんの歌詞にはこういう自分にどこか自信のない人が多く(『春を歌にして』『高嶺の花子さん』『ハッピーエンド』など)、それは清水さん自身の価値観なのかなと思わされます。
そしてそんな人間の性質が〈ああ嫌だ悲しいね〉と叫んで2番のサビへ。

 


〈あるがままの姿で 自分のままで生きさせて 正直者は馬鹿をみるが きっと人生は素晴らしい〉
ここで「未来を信じて進もう」というメッセージが再び出てきます。
ただしここでは「自分のままで生きさせて」という言い方になり、自分に自信がない事が描かれます。
1番とは違い強がったって主人公も不安はあるという様が描かれることで、グッと感情移入がしやすくなっています。
そして、「正直者は馬鹿をみるが人生は素晴らしい」と未来を思い描く描写が描かれる。
そして〈下らない なんて下らない 無駄な事だって言われても いいんだ下を見ないで ひたすら登って行けたらいい〉というのは、笑われても前を向いて進もうという1番と同じメッセージでしょう。


そして1番のAメロを繰り返し、最後のサビに入ります。
ラストサビは2番目のサビと入り方が同じです「あるがままの〜」と入りますが後半が〈努力は実りづらいが きっと人生は素晴らしい〉と変わります。
同様にサビの繰り返しも「泥くさい〜」の入りは同じですが後半が〈だからこそ綺麗な綺麗な虹を 見つける権利がある〉と変わっています。
2番のサビよりも、より未来には綺麗な姿が待っているというメッセージが強くなっています。
そして、とにかく前を見て歩こうと、聞いた人の背中を押す力も強くなります。
ここでこの曲が強い応援ソングである事がわかります。


サビ終わりのAメロに見る主人公の変化


さて、本来ならこの大サビで終わってもいいようなメッセージ性の強さのこの曲ですが、『ベルベットの詩』には最後にもう一度Aメロが登場します。
〈音がさ 外れても たとえ口塞がれても 僕は僕だと 自分の声で歌おう 代わりはいないと 自分の声で歌おう〉
あえてAメロを重ねたのは、主人公の変化を明確にする為でしょう。
冒頭のAメロでは、「自分の心の悲鳴が聞こえないように歌おう」という、どこか消極的なものでした。
それが最後のAメロでは、「どんな事があっても自分を示すために歌おう」という確固たる決意のようなものになっている。
「自分を守るために歌う」から「自分らしく生きるために歌う」に主人公の気持ちは大きくシフトしています。
そしてそれが「未来を思い描く」ことだし、それはベルベットのような美しいものなのでしょう。
『ベルベットの詩』にはそんな作詞者の気持ちが描かれているように思いました。

 

アイキャッチはback numberの『ハッピーエンド』