新・薄口コラム(@Nuts_aki)

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



1段 2009年龍谷大学一般B日程「宇津保物語」現代語訳

赤本に全訳が載っていないので、全訳を作ってみました。
内容の背景を捉えることを第一目標としているので、直訳とは若干異なるところがありますが、ご了承下さい。
順次赤本に全訳が載っていない古典の文章の訳をアップしていこうと思います。



こうして住める場所を探して長い距離を歩くのも苦しくなったので、「山に近い場所で母親を養いたい。なんとかこの山で住むのに適した場所があればなあ」と思いながら山の中へ分け入っていった。山奥には非常に立派な杉の木が四本ぴったりと並んで立っていて、そこに大きな家ほどの穴があいていた。子供が「ここに母親に住んでもらって、近くで採ってきた木の実などを食べてもらいたい。」などと思ってその木の穴に近づいてみると、大きな雌熊と雄熊が生まれた子熊を連れて住んでいたのである。
 その熊どもは、走り出て子供を食べようとした。食べられる瞬間、「しばしお待ち下さい。私を殺さないでくれないだろうか。私には養わねばならない母親がいます。親、兄弟もなく、当然使いの者もおりません。母は荒れ果てた家に一人で住んでおり、私が持ってきた食べ物を頼りに待っています。里では食べ物を手に入れる方法もないので、このように遠い山に登り、木の実・葛の根を採って親にあげているのです。この木の穴を見たとき、このように山の王であるあなたたちが住んでいるとも知らないで、母親にここに住んでもらい、山で芋などを採って暮らそうというようなことを考えておりました。母親のために食料を求めて遠い道のりを行くことに苦しさは感じないのですが、その間、する こともなく私の帰りを待っているような母親の気持ちを考えると悲しくなるので、山の近くに住まわせることはできないかと思ったのです。しかし、この木の穴はあなたたちがこうしてお住みになっている所と分かったのでやめておきます。もし私が死んでしまったら、生きる伝手がない母もまた死んでしまいます。私の体の中で、母を養うのに必要のない部位があれば、喜んであなたたちに差し出しましょう。足がなければ食べ物を求めて歩くことができません。手がなければどうして木の実や葛の根を掘ることができましょう。口がなければ母と気持ちを通わすことはできませんし、腹と胸が無くなってしまえば、心がなくなってしまいます。私の体の中で、耳と鼻ならば無くても母を養うことができます。この 二つでよろしければ喜んで山の王であるあなたたちに差し出しましょう。」と子供は涙を流しながら熊たちに伝えた。雌熊も雄熊のこの子供の話を聞くうちに、荒れた心も落ち着いて、この親子のつらい境遇に涙を落して、この木の穴を親子に譲って別の峰へと移って行った。
 こうしてこの木の穴を住み家として手に入れることができたので、この子供は木の皮を剥ぎ、苔を敷き詰めて、部屋の体裁を整えた。(以前の章で登場した)この子供が山で芋を掘るきっかけを作った童子の精が出てきて、この木の穴の周りをきれいにして歩くと、入口の付近に泉が湧いた。掘るときれいな水が流れた。住み家を得られたことに何度も喜んで、母の元に帰り「私がこれから行くところに一緒に来て下さい。ここに住んでいて私以外の知り合いがいるのならばいいでしょうけれど、どうせ知り合いもいないことです。こうして私が食べ物を採りに出かけている間、することもなくただ待ち続けているのもつらいことでしょう。いつも町から離れて山へ食べ物を探しに行くのは、母が「人の 馬や牛の世話をするようなまともな仕事にもつかず、食べ物を拾ってくるあの下衆の親である。」と周囲の人に悪口を言われるのが苦しいからなのです。他にいい方法はきっと見つからないでしょう。人目のない山にこもるのも、ここで過ごすのも変わらないように思います。私の心の内では「すぐに旅立とう、空を飛ぶ鳥を連れて行こう」というくらい、山に住む心づもりができています。さあ私とともに山に行きましょう。そこに行けば、木の実くらいならばすぐに母に渡すことができます。もう食べ物を求めて遠くに出掛けるようなこともございません。」と子供が言うと、「どうしてわが子の行く場所について行かないことがありましょう。里に住んでいたとことで、あなた以外に話し相手などいるはずもあ りません。」と母が返した。二人の家には家具も道具も殆どない。家は貧しく壊れかけていた。父が残した琴と、以前よく弾いていた琴だけを持って、子供に運ばせて一緒に山に向かう母親の心中は、悲しさなど微塵も抱いていなかった。

 涙の流れる先など知りません。だって悲しいことなど何もないのですから。子供だけを頼りにして生きている私なのですから、子供の行く先についていって、どうして悲しいことなどあるでしょうか。

などと言っているうちに、例の木の穴に辿り着いた。

アイキャッチ龍谷大学2012年度赤本

龍谷大学・龍谷大学短期大学部(一般入試) (2012年版 大学入試シリーズ)

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