新・薄口コラム(@Nuts_aki)

こっちが本物(笑)アメブロでやっている薄口コラムから本格移行します。



マンガ読解法8 HUNTER×HUNTER~王とコムギの物語

32巻の339話、最後の一コマにある軍儀の「帥」と「忍」が寄り添うシーン、僕のお気に入りです。
ハンターハンターのキメラアント編は、賛否分かれることもありますが、僕は最高傑作だと思っています。

その理由は、「王」と「コムギ」の愛を書き切ったからです。
以下の考察はほとんど僕の大好きな岡田斗司夫さんの意見をパクったものなのですが、どうしても書いておきたいので、おつきあい下さい。

僕がキメラアント編を何より凄いと思っている一番の理由は、メインの蟻と人間との戦いとは別の将棋のような軍議というゲームを通じて王と盲目の少女コムギの境遇を描き、軍議での対戦を通して二人の愛を表しているからです。

コムギという少女は、貧しい地域に生まれた盲目の少女で、軍議というゲーム以外には一つの取り柄もなく、家族からも誰からも必要とされていない人間でした。

一本でキメラアントの王メルエムは、生まれながらにして圧倒的な力をもつ存在。
コムギは誰からも認められず孤独に生きる少女、メルエムは全てを超越するが故に孤独な存在です。

両者に共通する事は「愛」という抽象概念を知らないこと。
コムギは家族にも見捨てられ人に愛された事のない少女、王は圧倒的力故に、自分の為に部下が死ぬ事さえ当然と考えるほどに人を愛する事を知らない存在です。
そんな、対照的でも共通点をもつ二人が王の誕生から人間の悪意に負け死ぬまでのストーリーに並行して描かれています。
一番象徴的なことは、二人は最後まで「愛してる」「好きだ」という言葉を使わないところです。
コムギにもメルエムにも、「好き」といった感情や「愛してる」という感情はないのです。
だから、最後にメルエムが言う言葉は「ありがとう」でした。
「愛」という概念を知らぬ二人が最後にたどり着く所を「感謝」とした作者の冨樫義博さんの表現力に脱帽です。
本当に感動した描写でした。

もう一つ、キメラアントの王メルエムと天才軍議士の少女コムギには共通点があります。
それは「母の愛情」です。
メルエムは母の死と引き換えに生まれています。
メルエムを生む際に母の女王はこの子の名前だけでもと言って、無償の愛をメルエムという名に託し死んでいます。
大きな愛に包まれて生まれた存在がメルエムなのです。

一方のコムギは、自身が軍議の手として最強の「ココリコ」という戦略を生み出します。
その攻め手をコムギは「自分の子ども」と呼んでいました。
王がその手を思いついてコムギに使ったとき、コムギはあえてその手を封じる策を使いませんでした。
理由は以前自分で生み出したその手(自分の子どもというくらい思い入れのあるココリコという戦略)を自分の手で殺したくないからというものでした。
ここには、言わば女王がメルエムに向けた子供に対する愛情のような物があります。
つまり、二人は「愛」という言葉を知らずとも、愛という物自体には触れていたのです。

そういう二人が軍儀を通して仲良くなる。
王は弱い者に対する慈愛を知り、コムギは自分の生きる価値を見出します。
そんな新たな生き方をお互いに見出したのに、二人は命が長くないことを知っている。
しかもその原因は自分が倒した敵が最後に仕掛けた人間の作った兵器であるというストーリー。

主人公クラスがほとんど脇役で、他がケリを付け、しかもその結末は必ずしも勝者の人間が正しいとは思わせないつくり。
どれをとっても感動のストーリーだと思います。

よく、連載をしっかり続けろという批判を聞きますが、あそこまで凄いマンガを描かれてしまうと、もうどれだけ遅くともよいから、ずっと凄い話を提供して欲しい。

そんな風に本気で思ってしまいます。
何より新章が楽しみなマンガです。


注)文章を書くに当たり、岡田斗司夫さんのブログを参考にさせていただきました。
http://blog.freeex.jp/archives/51274623.html