ちょうど昨日、友人と話していた時に、内田樹さんの『街場の平成論』を踏まえて、ストレートに感情が描かれた曲VS感情が直接は描かれない曲みたいな話をしていました。
そんな話の中で僕が思い出したのが、斉藤和義さんの『やさしくなりたい』です。
この曲はタイトルに『やさしくなりたい』と感情が前面に押し出されたような描き方がされていますが、実は何に?どう?「やさしくなりたい」なのかということは描かれていません。
それを追おうとすると、いきなり地球儀を回して世界旅行とかをしだしてしまう。
直感的には「あなたのためにやさしくなりたい」みたいなメッセージに見えるのですが、主人公の心象を歌詞中のことばからキチッと拾い上げると、ずっと力強い一面が見えてくるので、その辺に注目しながら歌詞を見ていきたいと思います。
地球儀で世界旅行をする彼女ってどんな性格?
〈地球儀を回して 世界100周旅行 キミがはしゃいでいる まぶしい瞳で〉
非常に印象的な言い回しで始まるこの歌。
冒頭では、地球儀を回すことで世界旅行だといって楽しんでいる「キミ」が出てきます。
ここのキミに関しては、歌い手が男性であることと随所に出てくる「強くなって守ってあげたい」ということを匂わすフレーズから、女性と判断して問題ないと思います。
したがって、以下は「キミ=(主人公が大切に思っている)女性」ということで見ていきます。
このAメロの出だしには、「キミ」の人柄が描かれています。
キミは主人公と一緒なら、室内で地球儀を回ながら「世界旅行ごっこ」をすることさえも楽しめてしまう人として登場します。
この曲では、主人公の心情は直接的な希望という形でしかでてきません。
なので、性格を把握しょうとしたら、具体的な様子が描かれているキミとの対比で考察していくしかないのです。
その意味で、Aメロの冒頭はむちゃくちゃ大切です。
そしてAメロの後半。
〈光のうしろ側 忍び寄る影法師 なつかしの昨日は いま雨の中に〉
前半は楽しい日々の後ろに漠然と描く不安のようなものでしょう。
それが忍び寄ってくるのを受けての「なつかしの昨日」ならば、楽しかった日々、つまり、地球儀を回してはしゃいでいたキミとの日々と考えられます。
そして、今雨の中ということは、上手くいかなくなってしまったということ。
ちょっとしたことでも楽しんでくれるキミと、その生活が幸せだったけれど漠然とした不安を抱えていた主人公との気持ちのすれ違いが見えてきます。
そして、2人の気持ちにすれ違いが生じつつあるのなら、知りたいのは男性側の性格です。
ということで、Bメロ以降の心情描写から主人公の性格を考えていきたいと思います。
〈やさしくなりたい やさしくなりたい 自分ばかりじゃ 虚しさばかりじゃ〉
「やさしくなりたい」というのは希望です。
ということは主人公の現在の自己評価は「やさしくない」ということ。
そして、〈自分ばかりじゃ〉〈虚しさばかりじゃ〉という言葉の後ろには、どう考えても否定が来るのが適切でしょう。
否定を補えば「自分ばかりじゃダメだ」「虚しさばかりじゃダメだ」というようになります。
Bメロの言外の部分を並べると、主人公は「自分のことばかり、虚しさばかりを語って、(キミに)やさしくできなかった」と反省していると取ることができます。
〈愛なき時代に 生まれたわけじゃない〉
Bメロを受けてサビはこう始まります。
これまでの所で「自分ごとばかり」でキミを失望させてしまったのであろう主人公の心情を踏まえれば、ここは「キミのことが嫌いなわけじゃない」(というか好きだ)というメッセージとして捉えたらいいのかなと思います。
ただし、このなんとも歯切れの悪い言い回し。
主人公は直接「お前が好きだ!」と気持ちを伝えることができるほど器用ではありません。
だからこそ「愛の無い時代に生まれたわけじゃ無い」、つまり「好きって気持ちはあるけれど...」みたいな言い回しになるわけです。
主人公はキミに面と向かって「好き」って伝えるために、自分自身に対していくつかの条件を立てています。
それが続く〈キミといきたい キミを笑わせたい〉そして、〈強くなりたい やさしくなりたい〉です。
現状は「キミと生きられない」なぜなら「キミを笑わせられない(幸せにできない)」から。
そして、幸せにできるようになるために「強くなりたい」し、「やさしくなりたい」という意味だというのが僕の解釈です。
主人公はひたすら「今の自分にはキミを幸せにする力はない」から一緒にいられないと自分の中で思っています。
これがBメロにあった、「自分ばかり」で「虚しさばかり」という部分なのでしょう。
ここから、この主人公はまだ夢半ばで、キミを幸せにできるほどの余裕が無いのではないか?そしてそんな自分に猛烈に焦りを感じているのでは?という仮説が立てられます。
そんな仮説を踏まえて、2番を見ていきたいと思います。
〈サイコロ転がして1の目が出たけれど 双六の文字には「ふりだしに戻る」〉
僕はこの歌で1番凄いのがこのフレーズだと思っています。
まず、ここは主人公の心情のメタファーになっています。
〈サイコロを転がして1の目が出た〉は、一歩踏み出そうとしたこと、そして〈双六の目には「ふりだしに戻る」〉はやっぱり前に進まなかったということ。
ここには、前に進もうと勇気を出すけれど踏ん切りがつかない主人公が出てきます。
(因みに、ここでいう「一歩踏み出そうとするもの」は何かは最後に触れたいと思います)
その直後、主人公が想像する彼女の言葉。
〈キミはきっと言うだろう 「あなたらしいわね」と 「ひとつ進めたのなら良かったじゃないの!」〉
ここで、2度目のキミの描写が登場します。
キミは前に進まなかったことをネガティヴに捉える主人公に対して、「あなたらしい」「良かったじゃないの」と肯定的な言葉を投げかけます。
これがキミの性格。
キミはひたすらに主人公を応援してくれるし、いつでも、どんな境遇も楽しんでくれる。
だからこそそんなキミを主人公は好きだし、幸せにしたい。
〈キミはきっと言うだろう〉という、今目の前にいないキミを想像する主人公の言葉から、そんなことが伺えます。
そしてBメロではまた自分の心情に。
「我慢ばかりじゃだめだ」「誤魔化してばかりではだめだ」と自分に言い聞かせます。
ここで面白いのは、主人公の心情が1番のBメロと大きく変化している所。
1番では自分の態度に対する反省や後悔が描かれて、だから強くならなきゃといっていたのに対し、2番では自分の(おそらくキミが好きという)気持ちを抑えたり偽ったりする自分に対して強くならなきゃといっています。
明らかに気持ちの所在が変化しているのです。
そして2番のサビに。
〈愛なき〜〉は省略。
〈キミに会いたい キミに会いたい〉
ここでも主人公の気持ちが変化しています。
1番では「キミを幸せにしたい」というキミを守ってあげたいという心情だったのが、2番では自分の正直な気持ちへと変化するのです。
1番と2番を通してのこの変化を受けてCメロと最後のサビへと続きます。
〈地球儀を回して世界100周 ボクらで回そう 待ってておくれ〉
1番の冒頭ではキミが回しているだけだった地球儀を、主人公は「ボクらで回そう」といいます。
1番を通してキミを幸せにしたいという気持ちを整理して、2番でキミを幸せにしたいとかではなく、単にキミに会いたいんだと、自分の気持ちに素直になった主人公は、ここにきて「一緒に地球儀を回そう」つまり「等身大の幸せを過ごそう」という決意をします。
そして〈待ってておくれ〉と言って最後のサビに。
このサビは殆どが1番と2番の繰り返しなので、違う部分だけを見たいと思います。
最後のサビは、1番2番のサビが繰り返された後、〈手を繋ぎたい やさしくなりたい〉と結びます。
それぞれのサビでの主人公のキミに対する気持ちを並べると以下のようになります。
1番〈キミといきたい キミを笑わせたい〉
2番〈キミに会いたい キミに会いたい〉
3番〈手を繋ぎたい やさしくなりたい〉
歌が進むにつれ、明らかに主人公の意志が硬くなってきているのが分かります。
こんな曲展開になっているのが斉藤和義さんの『やさしくなりたい』です。
この曲はメロディが力強いので、ついついそのまま聞き流してしまいますが、実は登場人物たちの気持ちを追いかけると、非常に繊細な気持ちが歌われているというのが僕の解釈です。
(もちろん解釈は様々だと思うので、他の解釈があれば、ブログやnoteで紹介して下さい!)